11月13日

朝から4年生が、児童玄関前に集合しています。
着いたところは・・・

乗船口前

どこへ行く乗船口かというと

これから若狭町観光船に乗り
レイククルーズを行うので、
その乗船口です。

出発する場所は「海山さん橋」

子供達はウキウキした足取りで船に
乗り込んでします。

三方五湖や浦見運河について、
お話しくださるTさんです。
「よろしくお願いします。

天気は快晴ではありませんが、
波はとても穏やかです。

早速。地図を見せていただきながら、
説明を受ける子供達。

振り向くと、岸から随分離れました。
三方五湖は
断層が3000年毎に
ずれて、その間に湖になり、できました。
この時も地震が起こっています。

奥の方を見てください。
嵯峨隧道です。
浦見運河ができた約100年後に
できました。
今は隧道としては使われていません。
違う水が行き来すると
生き物が生きられないからです。

間もなく浦見運河に着きます。
この船は大きくて通ることはできないので
見るだけです。
長さは324メートル
高さは41メートル、
1日に300人もの人が、2年間かけて
手で掘っています。
(どんな道具を使って掘ったのでしょうね。)

これが浦見運河の入り口です。
この船は大きくて通れませんが、
あの船は通れます。

今から300年以上昔、大きな地震により
旧気山川が塞がってしまったのです。
酒井忠直(小浜藩の殿様)が、
地震の後、すぐに、行方久兵衛に
作業(浦見運河作り)を命じました。

江戸時代の終わりごろ、
掘られた堀切りです。
わずかに見えます。

では質問を受け付けますよ。

・遊覧船は20年前から
走っています。
・どうして生方久兵衛は
小浜に住んでいたのに、
浦見運河を作ったのかというと、
小浜藩の三方の担当だったからです。

・遊覧船の高さや重さについては
船長に確認しておきますね。
・100万年前は
三方五湖はなかったと言われています。
地面が3000年に1回揺れた時に、
深いところができて水が溜まって、
水ができたと考えられています。
・行方久兵衛は、その他に用水を作る
仕事をしています。
・行方家の家の教えに、人のために
働きなさいという教えがあり、
あきらめない、情熱を持った人と
言われています。
・これまで、たくさんの人が
世の中を良くしたいと思っていた
その思いを知るというのが、
本当の歴史だと思います。
名前の残っていない、地元の
人たちもたくさんいました。
皆さんが、今日、ここで勉強してくれて
その人たちも喜んでいると思います。

たくさんのお話を聞いたり質問をしたりして、
40分間の充実したクルーズが終わりました。

分かりやすく楽しく教えてくださり、
ありがとうございました。
学校に戻って、教えていただいたことを基に
学習を深めていきたいと思います。