10月27日
3年生は、ゲストティチャーによる
「焼き鯖すし」のお話と
体験活動を行います。
今日のゲストティチャーは、
株式会社「若廣」の岡庭様と
従業員の皆様です。

子どもたちと学習する前に、
家庭科室で準備をしてくださいました。

焼き上がった鯖です。これに、酢飯、生姜、
紫蘇も持ってきてくださいました。
学校教育活動(地域貢献)の一環ということで、
無償で行ってくださるとのこと、
本当にありがとうございます。

まず、教室でお話をお聞きしました。
東京駅グランスタの地下広場で売っています。
そこの年間の売り上げはいくらでしょう?
正解は約2億5000万です。
(そんなに!)
焼き鯖寿司は1日多い時は500本売れます。
福井県では例えば、
JR福井駅の商業施設に直営店舗があります。
新幹線の開業で福井市にお客さんがたくさん来るので、
若廣の焼き鯖寿司も売れています。
小浜では、例えば、小浜の道の駅に売っています。
他にも、県内では、
南条サービスエリア、うみんぴあ、熊川宿、
美浜の道の駅にも売っています。
他にも全国の百貨店、空港でも売っています。
今は繁忙期です。
ところで、皆さんは鯖街道を知っていますね。
なぜ鯖街道と言うのでしょう。
昔はたくさん鯖が獲れて
一番たくさん運んでいたのは京都にです。
当時は車はなかったので、
歩いて運んでいました。
その道を鯖街道といいます。
(子どもたちは、知っている様子で
うなずいています。)
小浜はその鯖街道の起点の町でした。
京都まで運ぶのにそのまま持っていったら?
「腐ると思います(と、子どもたち)。」
だから、保存ができる食べ物として
鯖のへしこ、慣れずし、浜焼き鯖があったのです。
「焼き鯖すし」は、
どうやって生まれたんでしょう?
今から26年前、福井県の三国で、
「鯖で何か商品を作ろう」
ということから始まりました。
浜焼き鯖は冷めてもおいしいです。
それをヒントに「焼き鯖すし」が誕生しました。
皆さん、「おいしい」と言ってくれて、
それはあっという間に売れました。
そこで、売れるならば、ちゃんと作って
全国に広めようと言うことになりました。
そして鯖の起点ある小浜に行こうとなって、
小浜で焼き鯖すしを作り始めたというのが始まりです。
一番初めに焼き鯖寿司を
作ったのがこの若廣です。
今はたくさんの会社が作っていますが、
実は当時は全く売れなかったのです。
実は、26年前は、日本の鯖を使っていました。
焼いた時に油がないとバサバサしていますよね。
私たちは、ノルウェーの鯖は油が
乗っていることを知っていました。
どうやったら売れるかを考えました。
とにかく試食をたくさんしたんです。
そうしてノルウェーの鯖は
おいしいと言うことが根付いたんです。
26年前1日で焼き鯖を何本作っていたでしょう。
実は1日5本ぐらいだったんです。
(えーっ!)
売れるきっかけは、若狭路博だったのです。
空港に売ってはどうかという話が若廣に来ました。
(中略します。)
空港で人気になって、空弁にもなりました。
現在は、空弁ランキング5年連続1位です。
そして、今は
1年で1,20万本ぐらい(総出荷量)作っています。
テレビやYouTubeでも多数紹介されています。
以前は、試作をして売り込んでいたのですが、
今は時代が変わったので、
SNS等を使って発信もしています。

子どもたちは、
たくさん質問を考えていたようです。

質問にも丁寧に分かりやすく答えてくださいました。

子どもたちが身支度をしている間に、
家庭科室では準備をしてくださっています。

ご飯(鮨飯)が、一本ずつ並べられ、
生姜と紫蘇が各テーブルに置かれていました。

いよいよ始まります。
生姜と紫蘇をご飯(酢飯)の上に
置いたところで、先ほどの焼き鯖が
配られました。
美味しい香りが、家庭科室にあふれています。

最後に、ラップで包んで出来上がりです。

学校で試食をしました。

お店では、このようなパッケージで
販売されているとのことです。
食べている様子は、他に用件があり
見に行けませんでしたが、
きっと笑顔で試食していたことと思います。
お見送りの時に、岡庭様がこのように
言っておられました。
「私たちは、鯖を大事にしたいんです。
それは、小浜の食の歴史だからです。
そして、子どもたちにも小浜の素晴らしさを
知ってもらいたいんです。さらに、
将来につないでほしいと願っています。
だから、私たちは、地域に学校に貢献したいと
思い活動しているのです。」と。
子どもたちは、この思いを受け取って、
次の学習につなげていくことと思います。
若廣様、本当にありがとうございました。